「問題」を「問題」だとしているのは何だ?!

こんにちは。Anneyです。

組織開発というものを生業にしています。

 

今回、コロナウィルスは、私たち人類の命を守ることと引き換えに、様々なものを運んできました。

これまで人類は、「集う」ことを最大の武器としてこの地球という星で命を紡いできましたが、コロナウィルスはその最大の武器を手放さざるを得ない選択を私たちに迫ったのだと思います。

人々の移動は制限され、人と人は物理的に距離を離すことを余儀なくされ、世界中のあちこちで大きな分断が起こりました。

人々の往来が激しく、人と人とが集うことが前提であった社会の中では「問題」とされていた「ひきこもり」という行為や行動が推奨され、価値の逆転が起こったと感じています。

改めて思うのは、社会における「問題」というのは、人々が持っている「前提」や「当たり前」が変わることによって、問題どころか推奨されるものになるのだ、ということをコロナショックは如実に分かりやすく私たちに示した、ということです。

 

「問題」を「問題」だとしているのは何だ?!

私たちの生活様式や行動、モノの考え方や価値観は、このわずか半年の間に劇的に変化しました。

思い返してみてください。

半年前に、私たちの生活スタイルや働き方がここまでに変わると想像できていたでしょうか。

たった半年の生活と、今の生活は、まるで別世界を生きているようです。

 

少なくとも半年前までの私は

●忙しくあちこちを移動していることで、仕事をしている

っていう感じがしてなんとなく安心でした。逆に

●家から一歩も出ることなく家の中で仕事している

って時は、「私ってこんなことしていていいんだろうか、、、大丈夫なんだろうか、、、他の人達はみんないろいろ動いて、忙しそうにしているのに、、、」

という、なんとも言えない焦燥感、不安感を抱き、さらには家から「一歩も出ないこと(いわゆる”引きこもり”)」への罪悪感のようなものを感じることが多々ありました。

今から思えば本当は必要もないのに無理やり外に出る予定を入れては、外に出ることで自分を不安や罪悪感から解放していた、ってことが自分にバレちゃいました(笑)。

 

どうでしょう?

半年前以前に

●今日は家で仕事をするので出社しません

●子供が熱を出したので、今日は在宅勤務します

●〇〇時からの会議は、〇〇駅付近のスタバから参加します

●〇月〇日の〇〇時からの打ち合わせは、こちらのZoomのアドレスでお願いします

●全ての資料は、全てTeams(Microsoftのグループウェア)上で各自、チェックと更新をお願いします

●親の介護の合間を視ながら、暫くの間は在宅勤務をします

●学校の授業は〇〇時からオンラインで行います

●大学の講義は〇〇システムからオンデマンドで受けて、各自、レポートを提出する

などなど、などなど、、、

もちろん、全てのことが今、私たちの周りでは起こっているとではないかもしれないですけど、少なくともいくつかのことは、間違いなく、今、私たちの周りで起こっていることであり、私たちの殆どが体験していることなんじゃないかと思います。

そして今、コロナショック以前は「それは問題でしょ」とされていたことが、確実に問題でもなんでもなくなってきている。。。という、変化が起こっています。

正確にいうと、多くの人々が、コロナショック以前は「問題だ」と感じていたことを「問題だ」とは感じなくなってきている、という、「人々の価値観の変化」が起こっていることです。

コロナウィルスは、私たちに行き抜くために「視点を変えること」「モノの見方を変えること」、そして、物事の本質を視ることの重要性を突き付けているのだと思います。

 

モノの視方を変えることで、これまで「問題」とされてきたことは「問題」ではなくなる

つまりは、

●「問題」というのは、私たちが私たちの社会の中に創り出している暗黙「前提」や「当たり前」が創り出しているものであり、「問題」を「問題」だとしているのは私たちである。

私たちが目を向けるべきことは「問題」そのものではなく、「問題」を「問題」だとしている私たちの前提や当たり前、価値観である。

そのことに私たちは自覚的でいることが、あらゆる変化に対応し、生き抜いていくためには必要なことなのだと思っています。